碓井 稔氏

セイコーエプソン株式会社 代表取締役社長 碓井 稔 氏に、これから会社を担う役員の方々に対するメッセージや、経営者として心がけること、顧客価値に関する考え方など、お伺いいたしました。(※敬称略)

インタビュアー:一般社団法人日本能率協会 井上

特別メッセージ動画 
~新任取締役・執行役員の方々へ

取締役になった時に意識したこととは?

(JMA) 碓井様は、今から14年前の2002年に取締役になられました。
取締役になられた時、ご自身にかかる責任として、最初にどのようなことを感じられましたか?
(碓井) 会社を代表してやっていかなければならないということで、やはり相応の緊張感はありましたね。
(JMA) すでにその時から?
(碓井) はい。
会社を代表してというのは、別に社長としてという意味ではないです。
(JMA) 経営側に移るというところでですね。
(碓井) はい。
(JMA) その時に、その気持ちを持つに至った中で、影響を受けた人物や先輩、何かしらの刺激を受けたものや、参考にされた本などはございましたか。
(碓井) 多くの人からも、様々な本からも、いろいろな影響や刺激を受けました。特に強く影響された人や本を絞り込むのは難しいですね。
(JMA) 当時は、今日のような研修や、社内でも社外でも、取締役になるに伴っての研修の場というのはございましたか。
(碓井) 取締役になる前か、取締役になってからだったのか、ちょっと記憶は曖昧ですが、長野県の経営者協会でやっていた研修はあったような気がします。

取締役になる前に感じていたこととは?

(JMA) 2001年頃、まだ取締役になられる前ですが、「俺は役員になる」という思いなり願望は持っていらっしゃいましたか。
(碓井) いつかはなりたいとは思っていましたね。
(JMA) 心の準備も含め、それに対する準備はされていましたか。
(碓井) 役員になるというよりは、私自身は入社以来インクジェットのヘッドの開発をずっとやってきましたので、実は今、自分が信じてきたことをやっているみたいなところがあります。
インクジェットのヘッドの開発を始めた時に、これをやれば、プリンティングの世界を全てインクジェットに置き換えることができるのではないかと思いました。そうした確固たる思いを持って開発をしてきていますので、少しずつステップアップしていくことで、自分のやりたいことができる環境になっていくので、できたらそうなりたいなとは思っていました。
(JMA) 御社はまさにプリンターの会社でもありますから、プリンターの開発から転じて、会社全体を担う立場というのが自然に見えてきたというわけですね。
(碓井) どういうふうに会社を運営していかなきゃいけないのかなということは感じていましたね。
よその部隊でレーザープリンターの開発を行うとか、他でも、今でいう研究開発本部や生産技術開発部などでいろいろな開発やっていましたが、ここは変えていく必要があるなとか、そういうことが自然と見えてきました。
本当の意味での事業になるような開発かどうかという観点で考えたときにも、私が開発していた要素の方がはるかに汎用性もあるし、将来展望も開けると感じました。それで、この技術を極めて、しっかりとした事業に発展させていきたいと思いながらやっていました。

組織にとって絶対に必要なこととは?

(JMA) 取締役になられて、思いを形にできる立場となったわけですよね。
(碓井) 若い時にもそういうふうに言っていましたが、なかなかそうはならない。
組織があり、組織の決定することというのは、客観的な判断基準で話をしていても、それだけでは決まらないものだということですね。
例えば2つのテクノロジーがあったとして、片方は自分のいいところだけを言って、もう片方も自分のいいところだけを言う。
どちらが本質的に正しいことを言っているかというのは、この議論だけじゃ決まらないですよね、上に立つ人がどちらかに決めない限り。
(JMA) それは、今日の最後にお話された、仕組みだけでは動かない時がある、その時にトップあるいは社長が決めるというところで初めて変化が起きる、という部分につながっているような気がしますね。
(碓井) やはり組織の中でコンフリクトがあって議論するというのは、これは絶対にあって然るべきだと思います。恣意的にどちらかが強くてという状況はダメだと思うんです。
でもこれは、その上に立つ人たちがしっかり決めないと、最終的には決まらないですよね。だけど往々にして、組織というのはコンフリクトもなかったりする。
(JMA) コンフリクトさえもない?
(碓井) 一般的には、こういうことは起こりにくいと思います。
ところが、上の立場の人間、組織の長というのは、あまり摩擦を起こすと、あいつは余計なことを言うとか、いろいろ言われてしまうこともあります。そうなると評判が悪くなるからっていうことで、内向きになる。そして、コンフリクトを避けるようになる。
(JMA) 暗黙の棲み分けや、相手の領域を侵さないようにして?
(碓井) そうです。こういう組織にならないようにしたいと思っています。コンフリクトがあって、、お互いに議論をする中で新たな方向感が出てくることもあるし、もっといいアイデアが出てくることもある。
方向感が定まらなければ、最終的には上で決めざるをえないけれど、議論をしている中で、いろいろと新しいアイデアが出てくる下地があるわけだし、協力関係もできますよね。

健全なコンフリクトを起こす為の工夫とは?

(JMA) ちょうど今、私たちも、ものづくり総合大会というイベントをやっているのですが、昨日の基調講演で、大手自動車会社の副会長をされていた方がお話をされた中に、外からトップが来られた時にもっとも求められたことの1つが、今、碓井様がおっしゃったことに近くて、ヘルシー・コンフリクトが必要ということでした。
健全な衝突があって然るべきというお話がありましたので、まさに同じ話をお聞きしたような気がします。
今、御社で、組織が内向きにならないようにということも含め、あえてヘルシー・コンフリクトを起こすための工夫などはされていますか。
(碓井) さっき話した対話会など、皆で話をするということを、もう一度始めています。やはりそういうことは必要だということと、ジェネラルローテーションは絶対いると思っています。
(JMA) あえて回すというところですか。
(碓井) ある程度いろいろなことを知るということが必要だと思います。
以前は私も設計をやっていて、その後、要素開発とかそういうところに移っていったのです。設計にいた時には、技術の人たちとも話をしたので、設計ってどういうふうに仕事が動いていて、そうするとどういう商品が出るのかがわかりました。開発をやっていた時には、ちょっと営業もどきのこともしたことがあるので、どうなると実際に商品が届けられるのかとか、売れる商品になるかということがわかりました。それで要素開発をやっていても、もう少しこちらがこういうふうにやらなければ、ということが言えるわけです。
でもそれは経験がないと言えないですよね。
(JMA) 内向きでは言えないですよね。
(碓井) 相手がどういう仕事をやっているのかわからないから、もうちょっと頑張れよとか、抽象的なことしか言えない。
でも抽象的なことだけ言うと、あいつは文句ばかり言っているというふうにもなる。
こうしたらどうだと多少なりとも具体性を持って、コンフリクトの中で会話ができるようになると、随分と違ってくるのではないかと思いますね。
(JMA) その実現のためにローテーションをして、違う立場や視点から見えるようにということをされるわけですね。
(碓井) 自分の所属している組織に加えて他のところも知っていると、1つ上の立場でものが見えるようになるのではないかなと思います。
(JMA) 先程の話でも上から見えるわけですね。
(碓井) 立場は並んでいるけど、意外にも視点は上に置くことができるから。でも最終的には決まらないかもしれない。
(JMA) それでも決まらない?
(碓井) やはりそういう中で健全な議論というのは起こるし、1つの方向感を出せるということはあると思いますね。
でも最終的には上位の職制が方向感を出していかなきゃいけないですね。

日々の活動をするうえで大事にすべきこととは?

(JMA) 今日の参加者の中にも、技術の人や営業の人はいますけれども、皆さん立場が執行役員以上ですから、今のお話からも、上の視点をいかに持てるかということが求められていると考えてもいいですね。 そうしたことも含めて、これからまさに上の視点を持つべき彼らに対して、社長からの応援メッセージをいただければと思うのですが。
(碓井) いろいろな活動するうえで一番重要なのは、志だと思います。高い志を持って活動したり、日頃の行動を見つめ直したりする中で、やはり自分の指針というのがしっかり定まってくると思いますので、是非、高い志と高い目標を持って活動していってもらいたいと。
高い志・目標というのは、会社としてどうあるべきか、どういう会社であるべきなのかということを考え、そういうことを常にイメージしながら自分の日頃の行動を見直していくことです。是非そういうふうに活動していただけたらなと思います。
(JMA) 素晴らしいメッセージを、ありがとうございます。
今日のお話の中で、自分たちだからできて、自分たちが力を出していくからこそ生まれる価値が、それこそが会社がやるべきことだというお話もすごく心に響きました。
見失いがちなところがあるなと…。
(碓井) 大きな会社になればなるほど、必ずコンペティターっているものだし、だんだんと、コンペティターと比べて優位かどうかということだけを意識するようになっていったりする。
(JMA) おっしゃられていたように、例えばスペックも、あそこが50ミクロンだったらうちは49ミクロンにしたというようなところに陥ってしまうことがあるのですね。
(碓井) それが勝つと評価されたりなんかしますからね。
(JMA) 業界ナンバー1とか世界最高などというところにいってしまうけれども、お客さんからしたら「それ何?」っていう部分が生まれた時に、価値じゃないっていうのがありますよね。
(碓井) いつもそういうふうに考えているといいと思いますね。

自分たちだからこその価値を目指す意味とは?

(JMA) その視点からのメッセージは、他の会社の社長や会長からお話を聞いた時には、実はあまり多くなかったので、すごく新鮮でした。
やはりまずは業界で1番になろうといったお話の方が多かった部分はあって、そういう意味でも今日は新鮮でした。
(碓井) 結果として1番になるということはあるかもしれませんが。
(JMA) あくまで結果ですよね。
(碓井) 1番になれればいいかもしれないけど、1番を目指しても、それがお客様に価値をお届けすることに向かっているのかどうかっていうのはわかんないですよね。
(JMA) そうですね。
(碓井) だから、闇雲に一番を目指すのではなく、まずはお客様に価値をお届けするために誠実に努力するのがいいのではないかなと、私は思います。一番じゃないから言っているのかもしれないのですが。
(JMA) 本当に自分たちが力を出すからこそできる、自分たちだからこその価値を目指すというのは、どの会社にも大変響くお話でしたので。
(碓井) でも意外と難しいことだったりしますよね。
(JMA) 我が身に置き換えると、簡単ではありませんね。
他社でもできることがたくさんある中で、自分たちが頑張ったらできることというのが、私たち自身も見つめ直さなければいけない部分があります。
(碓井) 結果として人と違うことをやるのはうまくいくかどうか、すごくリスクはあるということです。
(JMA) そうですね、皆ができることと違う話ですよね。もしかしたら、できないかもしれませんしね。
でも、だからこそやるっていうメッセージがあると、社員は動きやすいのかなと思いました。
(碓井) そうだと思います。
(JMA) 本日はありがとうございました。

※碓井氏には「新任執行役員セミナー」にご登壇いただきました。