《第4回》三菱重工業株式会社 取締役会長 大宮 英明 氏

三菱重工業株式会社 取締役会長 大宮 英明氏 に、ご自身が役員になられた当時の思いや、現場でご経験されたステークホルダーと真摯に向き合うことの重要性、これからの取締役・執行役員に求められる役割などについてお伺いいたしました。

インタビュアー:一般社団法人日本能率協会 井上

取締役の監督責任とは?

<井上>
本日は2つの質問がございます。
まずは、大宮さんが取締役になられた時のことを、少し振り返りたいと思っています。
もうひとつは、今回新しく役員になられた方々に対して、メッセージをお願いしたいと思っています。

<大宮会長>
私が取締役になった頃は、監督と執行の分離など、今と比べて、会社そのものが、まだそれほど先鋭的になっていませんでした。
たぶん、他の会社でも、そうではないかと思います。
役員になってからも、どちらかといえば、執行側からの視点が非常に強く、監督責任と言われたところで、一体どうすればいいのだろうかといった感じでしたし、取締役会でも、取締役会に先立ち開催される常務会でもほとんど発言はありませんでした。
特に重要案件の場合、議案について会長、社長、経理や資金担当常務あたりには、事前に説明されていましたので、当日発言することがなかったともいえます。
常務会には、8名ほどの事業本部長も出席していたのですが、自分の担当ではない他の事業のことに対しては、なかなかわからないこともありますので、質問くらいはあっても、あまり深い議論までにはなりませんでした。

<井上>
今日のお話の中でも、数字の話だけしたら、後はもう突っ込みようがないといった状況があったと、おっしゃっていましたね。

<大宮会長>
社全体の事業計画を策定する過程で、各事業本部の事業計画を審議する会議が開催されていました。こちら側に会長・社長および技術本部長などコーポレートの役員、向う側に事業本部長以下、事業側から4、5人が並んで座るようなかたちで議論をしていました。
計画の中身について社長が質問をしても「いやいや社長、そうはおっしゃいますが」などと、全て想定問答集が用意されているかのようでした。

<井上>
まるで国会みたいですね。

<大宮会長>
本当にそうです。30年も事業に携わっている専門家のような人たちが説明をするので、自然にそうなります。

<井上>
もうこちらからは、二の矢は継げない状況なのかもしれませんね。

<大宮会長>
大変に個性の強い社長が、「俺はこう思うから絶対にこうしろ!」などと言うことがありますが、自分がかつて担当した事業であればまだわかりますが、当社は、製品の数が非常に多いので、それぞれの事業に的確な判断をすることは大変難しいと思います。

取締役が持つべき3つの意識とは?

<大宮会長>
私が取締役になった頃というのは、監督責任というリスクにさらされているという自覚は、あまり多くありませんでした。

<井上>
執行する側からすれば、そういうところが少しぼやけているというお話ですね。

<大宮会長>
これからは、そうはいきませんから、大変だろうなと思います。
当社の中でも、監査等の委員会設置会社へ移行するにあたり、執行側の責任と、監督・監査側の責任とはどういうことなのか、といった議論が、非常に数多くされています。
案件にはリスクもあるのですが、当然、リスクも含めた開示を約款にするとなると、そういうことまで判断できない社外取締役もいるかもしれません。

判断を保留したい、あるいは聞きたくない、それは執行側が責任を持ってやればいいというようにするべきなのか、そこも含めてリスクを取るような、監督責任はどこまで及ぶのか、というような議論が非常に真剣に行われていますので、そういう意味では、難しい時代になったな、と感じています。

今の人は、監督と執行とを兼ねていることが多いでしょう?

<井上>
はい。現在は、そういう方が多いです。

<大宮会長>
やはり今の人たちは、その辺りを、もう少し深く堀り下げた方がいいと思います。
いろいろな事例を聞く、あるいは取締役会に付議される案件の種別を理解した上で、執行役としてではなく、取締役としてどのように対応するべきなのか、どこまで自分が責任を持てると思うのか、そういうことを突き詰めて考えないといけない時代になってきていると思います。

<井上>
それはもう、会社、業種を問わずですね。
そういう立場になった以上は、今言われたような意識を持たなければならないということですね。

<大宮会長>
会社を代表すると、現実にさまざまなリスクがあります。

取締役になって変えた意識とは?

<井上>
大宮さんが、取締役になられた時に、あえて意識をして、それまでの考えや行動で変えられた部分や、変化を出せた部分などはありますか。

<大宮会長>
取締役になったから変えた部分というのは、あまりありません。
私は取締役になった時、副事業本部長だったのですが、事業本部長に常務がいて、私は平の取締役で、しかも副本部長の立場でしたので、どちらかというと執行役でした。

空調機の事業だったのですが、ずっと赤字が続いていて、生え抜きの人がトップになれないという時代が、私の前まで三代続いていました。
空調機のプロではない、空調機の市場や業界のことが分からない人が、自分の考えでいろいろと試みるものの、必ずしも業界に適合している動きではない、ということが起きていました。

たぶん、事業本部長に就任する3ヵ月くらい前に、「今度あそこに行ってやってみて」と言われたような感じで、十分な準備期間が与えられていなかったのではないかと思います。

<井上>
原動機の方が来られた時ですね。

<大宮会長>
他には、研究所の所長から事業本部長になられた方もいました。

<井上>
3ヵ月しかなくては、大変ですね。

<大宮会長>
私は、取締役になる前に航空機の事業に30年以上携わったのち、産業機械の事業部に異動し、1年間副事業部長をしました。
事業部長が事業運営の責任を取っている一方で、副事業部長の私は、実際に現場まで足を運んで自ら確認するなど、担当する事業について勉強することができました。

1年後に私が産業機械の事業部長を継ぐと言われていたのですが、実際には空調機の事業を担当することになりました。産業機械事業は、やや量産的で、販売店や代理店もありましたので、量産品の事業について少しは知見がありましたが、空調機は、例えばビーバーエアコンのような完全に量販的な事業で、しかも事業規模は500億円から2,000億円と4倍になりました。

販売店の現場から見えてきたのは?

<井上>
空調機の事業に移られて。

<大宮会長>
その時も副事業本部長として異動しましたので、ある意味、準備期間が取れたことは、私の場合、運が良かったと思います。
加えて、もともと現場が好きなものですから、販売店のオヤジたちと、随分と会話をしました。

<井上>
当時の、大宮さんご自身が回られたのですね。

<大宮会長>
そうすると、良くないことが、たくさんあるわけです。

<井上>
見えてくるわけですね。

<大宮会長>
遠慮するような人たちではありませんから。向こうも言ってきます。

<井上>
率直なご意見を。

<大宮会長>
私が話を聞くということがわかってから、「お前だから」というような、忌憚のない意見が聞けるようになりました。

販売店の会で、セゾン会というのがあります。私が主催した会ではなく、セゾン会の会合があるので顔を出してみたというようなことだったと思いますが、そのセゾン会から脱退したいという人たちが、20人のうち3、4人、あるいはもっと多くいたのかもしれません。なかには、「今日は脱退届を持ってきている」という人までいました。

「できること」「できないこと」を正面から受け止めるとは?

<井上>
それを大宮さんに見せるわけですか。

<大宮会長>
よその事業部から新しい副事業本部長が来たようだが、何がわかるのかという雰囲気から始まりました。次第に彼らが抱える課題についていろいろと説明してくれましたので、私からは、その10も20もあった課題について、とにかく課題があることはわかりました、すぐに解決できないものもあるし、解決できるものもあるかもしれないと答えました。

課題に対して「解けないものもある」、「時間がかかっても解けないかもしれない」、「でも頑張ってやってみるよ」といった私の言葉で、たぶん正直だと思われたのでしょうね、じゃあ今日は脱退届を出さないでおくよということになりました。
後で、脱退しようと思っていた人たちが、他にも随分いたと聞かされました。

やはり、問題を正面から受け止めるということがとても大事で、クレームの電話でも「社長を出せ!」というのがたまにあるでしょう?
そういったクレームは、販売店や販売会社の人たちが受けているのですが、そこで飽き足らなくなった人が、今度は本社に電話をかけてくるものです。

ある時、営業課長がクレームの電話を受けていたところ、応対しきれなくなり、私が電話を取ることになりました。
その方は、確か愛知県の方だったと思うのですが、がんを患われており、真夏の暑い時に、1~2週間ごとに病院で放射線治療を受けられていました。
辛い放射線治療を終えて家に帰ってきたら暑い夏のさなかにエアコンが壊れる。「お前のところのエアコンが壊れた!」と言いたくなるわけです。

私が電話を取ったところ、お前は社長かと聞かれたので、いや、社長ではないが会社には代表取締役という役職があって、自分はエアコンの代表取締役である、社長はエアコンにはあまり詳しくないので、私が社長ということで話してもらいたいとお伝えしたところ、その方からは、毎回20分から30分くらいの時間、5回か6回、電話がかかってきました。
話を聞いていると、エアコンについての文句を言われているのですが、やはり、ご自身のことが不安なのだということを感じました。
不安に思っている自分のことを受け止めてくれる人がいて、話を聞いてもらうことで少しほっとして、「まあ、わかった、わかった」と言ってガチャっと電話を切る。
また不安になると、何でもいいから誰かに話したいということがあったのではないかと思っています。あくまで想像ですけれども。
1年くらい経ってから、その方は亡くなられたと聞きました。

このクレーム対応のようなケースでも、逃げてしまうと、それで終わりになってしまいます。もちろん、私たちは、病気を治すことはできませんが、エアコンを直すことはできます。できることについては、それぞれの責任の範囲内でしっかりやることが大事だなと思っています。

<井上>
おそらくその時に、部下の方々も、逃げない大宮さんのことを見ていたわけですよね。

<大宮会長>
そうでしょうね。
大体みんな、会社代表にかかってくる電話は取りたがりません。
電話が鳴っているじゃないかと言っても、これはクレームの電話だから取らない方がいいです、と言って、女性社員などは電話を取らなかった。

<井上>
そこで、大宮さんが自ら対応をされたということが、周りにも伝わるわけですね。

<大宮会長>
それはわかるでしょうね。
空調機の事業は、毎年100万台くらいのエアコンを売っているわけですから、クレームの電話を取りたくないという気持ちは良くわかります。
しかし、電話を取らないでいるとどうなるかといいますと、相手は「こんちくしょう!」と思ってかけているけれども、5回くらいかけても出ないと、もうしょうがないと思って諦めて、「二度とこの会社の製品は買わない」となるか、いろいろなルートを使って、「社長を出せ」と言ってくるか、おおよそこの2種類になります。

本当は、クレームの電話も全部取らないといけませんが、社長を出せと言ってきた人には、絶対に対峙しないといけません。
かつて私が携わっていた航空・宇宙の事業では、防衛省、JAXA、ボーイング、エアバスなど、納入先は大きく5つくらいの組織あるいは会社しかありませんから、お客が何か怒っているとなったら、我々は「何とかせんといかん」とピシッとなります。

お客の少ない事業の経験が長いことから、たとえ100万人いようが、お客はお客である、という思いが強いのです。

取締役の責務とは?

<井上>
お客様に目を向ける姿勢の部分ですよね。
また、現場をきちんと見られるという姿勢も、変わられないというわけですね。
最後に改めて、取締役になられたばかりの方々へ、メッセージやエールをお願いします。

<大宮会長>
まずは、良かったね、おめでとうございます。
長い人生の中で、いろいろと努力をされて、もしかしたら運もあるかもしれないけれど、そういう地位になれて良かったね、と。

今日話したような、私が取締役になった時代とは、ずいぶん様変わりしています。
執行は、これまでもやってこられたことだから、大体わかっていると思うのだけれども、執行とは違い、取締役の責務とは何なのか、取締役として、どのような形で会社に貢献をして、ステークホルダーをきちんと守っていくことについては、やはり真剣に考えないと危ないよ、そのように思っています。

<井上>
本日は、ありがとうございました。