《第25回》株式会社小松製作所 取締役会長 野路 國夫 氏

株式会社小松製作所、取締役会長の野路國夫氏に、これからの時代に必要な経営者として持つべき心構えや行動力についてお話を伺いました。具体的なエピソードや、バランスのとれた経営についてもお話いただきました。ぜひご覧ください。(※敬称略)

インタビュアー:一般社団法人日本能率協会 小宮

経営幹部の立場と持つべき視点とは?

<JMA>
本日は「経営幹部のお立場と持つべき視点」と「トップマネージメントとして、取るべき行動」について事例を含めて野路様のお考えをお話いただけますか。

<野路>
当社は執行役員制を採用しています。
ある機能部門の業務執行を担当するのが執行役員ですが、これは部長時代とそんなに変りません。

しかし、執行役員から取締役などの経営の一翼を担う立場になると、大きく違ってきます。
最も大きな違いは「自部門のことだけをやらない」ということです。

業務を進めていく上で、自部門だけで解決する話はほとんどありません。

他部門と一緒にプロジェクトを組むとか、
あるいは他部門を助けてギブ・アンド・テイクで進めるとか、そういう仕事のやり方を経験していかないと、経営者になったときに困ります。

部長クラスであれば、まず自部門のことだけを考えても仕方ないと思いますが、執行役員になったなら、少なくとも他部門とも一緒になり、プロジェクトチームを引っ張るくらいのリーダー経験をしていかないと、なかなか育ちませんね。

<JMA>
それは、視座を上げるということでしょうか。

<野路>
そうです。

敢えて自らそこに入り、プロジェクトチームを作る。
例えば、生産と開発と営業を一体にしたプロジェクトを組み、部長クラスを集め、これを俺がやるから、半年間頑張ろうじゃないかといって、リーダーシップを発揮していく。これを自らが提案するということです。

それを社長に言われてやっているようでは駄目で、自分から提案してやらないといけません。

経営者が念頭に置くべき倫理観とは?

<JMA>
前工程も後工程も含め、全体をみるということでしょうか。

<野路>
そうですね。

それから執行役員クラスであれば、後継者の育成は頭に入っていると思います。
自分の後釜は誰なのかということは、当然考えておかなければなりません。

<JMA>
経営者として、マーケットリーダーになるという部分も含めて、野路会長の改革のご経験から得られたことをお聞かせいただけますか。

<野路>
一番は倫理観です。

何にせよ、恥ずかしいことをしてはいけないということに尽きますね。

<JMA>
安全とコンプライアンスについてはどうでしょか。

<野路>
もちろん安全もコンプライアンスも大切です。

しかし、恥ずかしいことはできないという倫理観を常に念頭に置き、やるべきことを判断する。そこから始めなければいけません。

強いて言うなら、後はバランスを考えた経営でしょうか。

業績さえよければ良いという経営では、社員はついてきません。

社長は考えていることを社員が理解できるような分かりやすい施策で展開しないと、なかなか社員には理解してもらえない。「良きに計らえ」と言ってもなかなか難しいものです。
みんなが理解できるような、ぶれない経営や施策がないと、なかなか現場には伝わらないですよね。

<JMA>
現場との対話になるのでしょうか。

<野路>
そうです。

対話も、自分が現場に行くのは当然ですが、自分が何をしたいかというメッセージがどうやって伝わるのかといったことまで含めて考えないと、理解してもらうのは難しいです。

例えば、当社では、「社員ミーティング」と言っていますが、年に2回、社長は必ず国内の全工場を訪問することとしています。
2時間ほど対話の時間を設け、社長から30分ほど会社の現況に関する話をしますが、必ず最初に安全の話をします。大事なことはやはり最初に話すべきですよね。
「安全第一」と口では言っても、こういったところまで考えてやらないと、社員には響きませんね。

現場に伝わる経営者の行動とは?

<JMA>
当たり前のことなので、端折りがちですよね。

<野路>
大抵の社長は、安全について社員に対してこと細かく話すことはないのではないでしょうか。

でもそれでは社員はなかなか理解しないのでは。

今日の研修会もそうですが、みなさんが会議をする際、もしここで地震が起きたらどこに避難するのか、きちんと周知されているでしょうか。

これが欧米なら絶対に言います。

それが危機管理の基本だと思います。

社長の1つ1つの行動が、日頃言っていることとちゃんと合っているかが、非常に大事なポイントです。

例えば、社内の技能オリンピックに社長が忙しいから参加しないという会社では、いくら現場を大事にしますと口で言っても、絶対に現場には伝わらないですよね。

こういった行事以外でも、先ほどお話しした年2回の社員ミーティングでは、社長が国内の全工場で30分ほど会社の現況を話し、その後90分は社員との質疑応答を行います。

それから必ず工場のメンバーと2時間ほど現場を歩いて回ります。
現場では大体5カ所か6カ所ぐらいで今取り組んでいる活動や改善、新技術などについて説明してくれます。1カ所に10分か15分ぐらいいるでしょうか。

何のためにそんなことをしているか。
社長が現場に対してちゃんと関心を持っているということが伝わるからです。

ただ、私くらいの年齢になると、2時間立ちっぱなしで歩くのは結構大変です。
日頃から鍛えておかないと足が棒になります。

経営者が持つべき危機管理意識とは?

<JMA>
2011年3月11日に発生した東日本大震災の直後にも、野路会長は工場に行かれました。
これも同じようなお考えからですか。

<野路>
そうですね。東日本大震災の発生は、週末の金曜日でした。
私は翌週の月曜日には小山工場(栃木県)に行き、自ら被災状況を確認するとともに、社員を集めて励ましの声掛けを行い、その足で被害の大きかった茨城工場に移動しました。

道路状況も悪く、警察署で特別な許可をもらわなくてはならないほどでした。

<JMA>
通常は行けないですよね。

<野路>
そうですね。それでも色々知恵を出せば、行ける方法は見つかるものです。

<JMA>
工場の方々は、まさか社長が来ると思っていないですよね。

<野路>
はい。茨城工場は、常陸那珂港に隣接しているのですが、海沿いの道路や港もかなり被害を受けていましたので、すぐに茨城県の橋本知事にも会いに行きました。

橋本知事からは、「地震が起きて一番先に来られた企業経営者は野路さんです」と言われました。

当然といえば当然ですが、そういった危機管理意識を常に持っているかどうかだと思います。

東日本大震災の時は、翌月曜日から毎日2週間ほど本社で早朝会議を行いました。

被害を受けた工場や協力企業、販売・サービス代理店は大変な状況にあり、この会議では彼らを支援する立場にある本社のメンバーに対して、ものすごく厳しいことを言いました。

例えば、災害見舞金はどうなっているかと質問すると、「まだ被災した社員から申請が出ていません」とくるのです。

当たり前ですよね。本人は非常時の真っただ中にいるのであり、この段階で見舞金の申請などできる訳がない。
そんな書類が揃わなくても、担当部門にはすぐに対応させるのです。

東日本大震災では、生産も止まって大変だったのですが、何よりも大事なのは社員やその家族の命です。
また、この地域の協力企業や販売・サービス代理店も多く被災されていましたので、被災者のことを第一に考え対策をとってきました。

早朝の対策会議では、パートナーである協力企業や販売・サービス代理店の状況もすべてデータで報告させていました。

ある代理店では新築の整備工場が津波で流されてしまったのですが、当社ではすぐに対応して、2、3日で支援のためのお金を銀行振り込みしました。

そんなときに自社の業績だけを考えているだけでは駄目ですよね。
代理店はついてきません。
必要なものを必要なときに早く届ける決断をすることが大事なのです。

代理店の方は「えっ、コマツがお金出してくれるんですか」と言って驚いていました。

経営者の危機的状況への対処とは?

<JMA>
それはすごいですね。

<野路>
最初からそんなこと考えた訳ではありません。会議をやっていて、代理店の被害状況を調べろと言うと、3日後ぐらいに報告が上がってきたのですが、その3日間でだんだんと知恵がついてきたのです。

このように危機的な状況になったときには、通常の業務が始まる前の8時か9時までその仕事だけをやります。

みんなで議論すると、色々な知恵や対策案が出てくるものです。
社長が最初の1週間ぐらいを引っ張れば、後は放っておいても各部門が自律して動いてくれるようになります。

<JMA>
その動き、価値観というか、判断基準がすごいですよね。

<野路>
福島県では、協力企業の社員が放射能を心配して、出社しない状況になっていました。

それで、当社の郡山工場にガイガーカウンター(放射線量計測器)を20台ほど買わせ、それを持って協力企業とかいろいろなところ行かせました。
実際に放射線量を測り、データを示すことによって、協力企業の社員の皆さんも冷静さを取り戻し、出社してくれるようになりました。

危機管理の根底にあるべきものとは?

<JMA>
放射線量は目に見えませんから、計量しないとわからないですものね。

<野路>
そうなのです。

危機管理をどうするのかと言っても、いろいろなことが起きる訳ですから、社長としてそんなものを一つ一つ教えられた訳でも何でもありません。

社長が率先してやらなければならないと、ちゃんと考えているかどうかだと思います。

その根底にあるのが、倫理観だと考えています。

社員のために何をすべきか、協力企業と販売・サービス代理店もイコールパートナーであるとか、地域社会を大事にするとか、そういう倫理的なことを私自身は社長になる前に教えられてきました。

東日本大震災の際、個人的には赤十字社などへの寄付もしましたし、労働組合が主体となって募った社員の義捐金と同額を会社も寄付金として拠出しました。

ただ、寄付金だとすぐに被災地の復旧にはつながらないので、当時プレハブハウスの製造・販売を行っていた子会社の製品を被災地の復興に充てることとしました。

被災地の状況や要望に応じて、幼稚園や保育所、仮設の学校、郵便局や診療所などを作り、無償で貸与したのです。

お金は集まってくるけれども、必要な建屋をすぐに建てられないという人ばかりでしたから。
寄付のあり方というのを、私はそのときに勉強しました。

自分の会社ができることにマンパワーやお金を使っていけば、いろいろなことができるものです。

被災地の石巻がそうでしたが、お年寄りが行くところなくて、コミュニティが無くなることで、生活のリズムが取れず、亡くなられる方がいましたよね。

病院はお年寄りにとってコミュニティ形成の1つの場であり、病院というか診療所を作ってあげなければいけない。

経営というのはそういうことです。

年中業績の話しかしない、あるいは執行役員が集まる会議とかで業績や戦略ばかり議論し、例えば人事戦略とか労務管理に関する議論などをやらないような会社があるかもしれませんが、そういう会社ではうまくいかないのではないでしょうか。

それでは人が育たないと思いますね。

経営トップの心構えとは?

<JMA>
最後に、新たに役員として経営を担う方々へ応援のメッセージをいただけますか。

<野路>
私の経験から申し上げると、トップになったときの心構えで、まず一番大切なのは倫理観だと思います。

倫理観を持って経営に当たらないと、これからの時代はやっていけません。

そのためには、執行役員になったときに、いろいろなかたちで、いろいろな人たちと接して、そして自分を磨いていくことが必要です。

自分の得意な分野だけではなく、例えば人事・労務、経理、危機管理、安全など、いろいろな分野をバランスよく自分で勉強すること。
バランスが取れた経営とは何かということを自分なりに勉強していけば、将来しっかりとした経営トップになれると思います。

もう1つ加えると、社長になる前もそうですが、社長になったなら、とにかく現場に出ること。

現場からはいろいろなヒントを得られます。
現場の声を聞くことは一番大事だと思います。

現場といっても工場の製造現場だけではありません。
経理の現場、人事・労務の現場などいろいろな現場があります。
そういう気持ちで現場を歩いていくことを徹底していただければ、良い経営者になれると思います。

<JMA>
本日は本当にありがとうございました。

※野路氏には、第57回新任執行役員セミナーでのご講演後、本インタビューにご協力いただきました。