《第3回》日本通運株式会社 代表取締役会長 川合 正矩氏


日本通運株式会社 代表取締役会長 川合 正矩氏に、これから会社を担う役員の方々に対する動画メッセージや、ご自身が役員になられた当時の思い、経営者として常に意識すべきことなど、じっくりお話をお伺いいたしました。

インタビュアー:一般社団法人日本能率協会 井上・丸尾

特別メッセージ動画 ~新任取締役・執行役員の方々へ

役員研修の「機会を捉える」とは?

<井上>
川合様はこういった場でお話される機会はあまりないということですが、今日話をされてみて、あの場について雰囲気も含めてどのように思われましたか?

<川合会長>
私も取締役になった時に、こういう研修を受けたことがあります。みなさん、役員になったということで、新鮮な気持ちを持って来られていると思いますので、こういう機会を捉えて研修をやるのは非常に大事なことだと思います。
皆さんが意欲をもって取り組まれているなと思いました。

<井上>
2001年の取締役にご就任された時に、このような研修を受けられたのでしょうか?

<川合会長>
新任取締役の研修というのを受けました。日本能率協会のだと記憶していますが。
人事の方から話がありまして、受けました。

取締役として「状況を見て決める」とは?

<井上>
その時の時間に頭を戻していくと、自分はこんなことを思ったなということも含めて覚えていることはありますでしょうか?

<川合会長>
やはり2001年に取締役になった時だと思います。取締役っていうのは法律上の問題があって大変だというのを感じました。執行役員の方は立場がちょっと違うと思いますけど、私は常務理事からすぐ取締役になりましたから。
常務理事の時にはまだ九州にいましたので、九州の本部長の仕事では常務理事の立場はあまり意識しませんでした。
本社の取締役となり、法律上の問題もあるので、社員時代とは違う責任があり、改めて勉強しなければいけないと思いました。

今日のみなさん方もそういう意味では、サラリーマンとして一定のところまできた、ということで、「じゃあ、これからどうしよう」という風に考えて聞いているのではないのかな、と思います。
質問がありましたように、各担当部門ごとに抱えている問題が違いますし、どんな目標を持ち、どんな対策をとるか決めるしかないですね。これはどこの会社でも同じことだと思います。

「若者が社長に意見を言える場を作る」とは?

<井上>
川合会長のお話にあった夢の話は、昨日お話いただいた自動車会社の会長の講演でも同じお話がありました。社長、会長、取締役から、いかに部下に対して夢を感じてもらえるようなアプローチができるかというお話が印象に残っております。

<川合会長>
場をどうやって作るかっていうのが一番難しいと思います。口で言うのはいくらでも言えますけど。若い人たちが自分の意見を遠慮なく言える場はあるのか、そういう場を作ってやる必要がありますね。
係長クラスとか課長クラスの古強者がいて抑えつけると、むずかしいですね。「うるさい」、「生意気なことを言うな」と平気で言ってしまう者もおり、そうすると若い人は言えなくなるし、言わなくなってしまう。

<井上>
若者はもう諦めますよね。言ってもしょうがないということで。

<川合会長>
私はかつてある案件で、当時の社長から、「社長のいうことを聞けないのか」と言われ、「はい。聞けません。しかし、別のやり方で結果は出しますので」と答えたことがあります。
私も自分で気をつけないといけないと思っているのですけど、社長になるとまわりにだんだん耳に痛いことを言うのがいなくなる。
さすがに私も社長の言うこと聞かんと言った以上、会社を辞めろと言われるかもしれないな、と思い、家内にも会社を辞めることになるかもしれないと話しました。まあ、その私が社長になっているのですから・・・・・・・・・・。

<井上>
それを言おうと思うだけの気持ちが持てる状況にあったわけですね。自分よりも会社のことを思った上での行動というのも大事だと思います。

<川合会長>
私の進め方のほうが正しかったと思うのですが。個人がどうのこうのということで言っているわけではないのです。

個人として意見することのリスクとは?

<井上>
逆に自分だけのことを考えると言わない方がいいだろうということもあると思いますが?

<川合会長>
若気の至りみたいなところもあるのだけどね。私が一番感じたのは、個人だとは思っていても、ある一定のところまで来ると、自分についてきている者がいるという事。私より5,6年後に入社した者の中で、私についてきていた者はいっぱいいました。私がそこで転ぶと、みんな一緒に転ぶような格好になる可能性があるので、注意しなくてはいけないというのは、その時思いました。

<井上>
政治家の世界でいうと「加藤の乱」というのがありましたが、あれは加藤派が行動してうまくいかなかったというか。賭けでしたね。

<川合会長>
ある意味そうなりますね。だから、あまりやってはいけないことだというのは後で思いました。たまたまそれだけで済んだからよかったけど。

<井上>
川合会長は本当は正しいことを伝えられてそれが通ったわけですね。

<川合会長>
結果とすればそうですが。そこまで言うならしょうがない、ということになったのだろうと思います。

<井上>
今回の研修を受けた執行役員の方にも大事にしてきている部下がいると思いますが、どんなメッセージが伝えられるでしょうか?

<川合会長>
抱えている問題ということもあるでしょうし、引き継いで抱えたものとか、いろいろあると思いますが、自分の担当セクションで、この部門をどうしていくかということをこれから真剣に考えていかないといけない。
それが、「志(こころざし)」を立てるということであり、部下に身をもって示していくことが大切だと思います。

活躍の舞台が広がることで何が変わったか?

<井上>
2001年取締役になられた当時、まさに重責が来るという時に、あえてそれまでのご自身とは違う行動や新しい取り組みをされたといったような、自分のやり方、考えを変える動きはされましたか?

<川合会長>
それまでは営業の前線でしたから、こっちに来て一番感じたことは、対外的な問題ですね。今まではっきりいうと自分の会社のことしか考えてなかったのは事実ですね。
経済界がどうか、とか。あまり考えていなかったですね。だけど、こちらにきたら対外的な対応のところで、物事を幅広く考えなきゃいけない、というのはありました。

<井上>
より視野を広くする意識を持たれたということでしょうか?

<川合会長>
例えば九州の本部長のときは、九州をどうするかというのを真剣に考えていました。日本通運全体のことを考えるのはもちろんなのですけど、例えば物流業界はどうなのだ、とか。こういうことはあんまり考えたことは無かったっていうことですね。だから舞台が急に広がったと感じました。結構あちこちの外の仕事もありましたので、全国から業界規模に広がったという感じはありました。

<井上>
特に物流業界を代表される企業でいらっしゃるということもあって、業界全体の大きな話が来るわけですね。

<川合会長>
どうしても業界の話になってしまいますね。逆に、かなり勉強しないと。今まで業界がどうなんて考えたことなかった。日本全体がどうかなんてことは関係なかったですから。本社に来て対外的なことが多くなってきましたね。

<井上>
会社の一人というよりも、業界の一員としての立場という事でしょうか?

<川合会長>
そういうことが多く出てきたということですね。当然九州にいるときも、例えば災防団体の陸災防の全国の副会長もやっていたのです。しかし全国の副会長といっても九州にいる全国の副会長だから、陸災防全体がというよりも九州をどうするかということぐらいしか考えない。そういう意味で、考え方を広げないとついていけないですね。例えば経団連に行ってもそういう話になってくるのです。

<井上>
今日いらっしゃる執行役員の方にも当然ながら、社会に向けて目を向けるような視点を持って欲しいというメッセージにつながるかもしれませんね。

<川合会長>
そうですね。例えばCSRにしても、自社だけでなく、同業他社と比較したり、他業種と比較したりとかいうレベルぐらいまでは、やっていかなくてはならないと思います。現地にいると自分のところのCSRを守ることはやるけど、他社のことまでは目が行き届かない。どうしてもしょうがないと思うのです。
その中の一員であるという位置付けだけは間違いなくしないと。自分のいる位置だけは厳密に知っておかないと駄目だと思います。そういう意味で全社方針のCSRが出れば、それを自分のところでどう落とし込んでいくかということはするけど、全社のことまで考えるというのはなかなか出来ない。

人事としてポストを与える必要があるのはなぜか?

<井上>
ちなみに社会の方に目を向けるようにするために、何かおすすめの行動やアクションはありますでしょうか?

<川合会長>
当社のように全国にこんなにたくさん支店を持っている組織は珍しいのかもしれないですが、例えばメーカーであれば工場単位で物事を考えるとか、今までは工場のカンパニー制みたいに部単位だったのを少なくとも工場全体で、今度は全社でどうするか、というように今なりつつありますね。そうやって考え方が変わっていくのかなと思います。その立場にならないと、人間は考えないです。今いる位置で役割をきちんと踏まえてやっていれば、私はそれでいいと思います。全社のことを考えていても、自分の足元をおろそかにされたら困りますから。私はそれでいいと思っています。

<井上>
立場が人を作るという部分につながるところもあるということでしょうか?

<川合会長>
私たちは人事的に言うと、半被を着せてやるって言います。要するにポストを与えるわけです。そうするとまわりもそういう目で見て扱うので、ポストに応じた動きをせざるをえなくなって、人間が変わってくる。だから場合によっては、係長を本社に出すときに1階級上の役職の課長にして出してやる。そういうような半被を着せてやると、逆に半被に応じた動きになってきます。

<井上>
会社としてそういう場を与えるということですね。

<川合会長>
責任を与える。課長というポストを与えて、その代り責任も与える、ということです。そういうことが必要な場合もあるのです。中央に平で行ったらなめられて仕事にならないけど、課長で来たら課長として扱ってくれて、その中で仕事がまわるようになる。

意図的にリーダーを育成するとは?

<丸尾>
経営者としての後継者育成の考え方として、課長というポストを与えるといったような育成の仕方と違う部分はありますか?

<川合会長>
中間層は、リーダーの育成研修をやっています。若手と課長クラスに対して、早く経営者を育てたいということでやっています。
当社は、自然に育ってきた者の中から選んでポストにつけていくのが一般的だったのですけど、それでは会社として今の時代に間に合わない。早く育成するために、1年間をかけた研修、制度を導入しました。また、支店長職には毎年経営者としての基本の研修をやり、その上でパーソナリティを発揮してもらうよう取り組んでいます。

仕事を通じて教わった2つのこととは?

<丸尾>
ご自身が経営者として役に立った経験や高みを目指せた経験、成長したと思うようなエピソードがあれば教えていただけますか?

<川合会長>
その先輩は後に副社長になった方ですが、仙台にいたときに、本当に仕事を教わりました。仕事というか、世の中の処し方というのでしょうか。その先輩は海兵出身の人なのですが、絶対自分には合わないという部下がいても、上手に特性を生かして使う。
私はこうやって人っていうのは使うものかと大変勉強になりました。もう一つは何でも自分がやればいいっていうものではないのだと気づかされました。結果として目的を達成するにはどうしたらいいかというのを考えればいいのだなと思えるようになりました。
誰をつかまえ、どこを押すかとか。こういうことをいつの間にか教えてもらいましたね。
私の父は軍人でしたが終戦後農業をしており、私はサラリーマンというのがどういうものか全く知らなかった。サラリーマンならどこに行っても一緒だと思っていたのです。だからそういう意味では、その先輩にいろんなことを教わったし、また、会社の独身寮の先輩にも多くのことを教わりました。
入社後2~3年経って、なんとなく会社の仕事がつまらなく嫌になった時期がありましたが、その先輩の直属の部下になり、こういう人がいる会社なら面白いと思い、辞めるのをやめました。

自分磨きのための3つの心掛けは?

<井上>
ご自身の自分磨きについてお聞かせいただけますか?

<川合会長>
私はあまり、こうしています、というようなことはしているわけではないですが、昔から何事にも関心を持つようにしています。そうするといろんなことが入ってくるようになります。新聞にしても関心がないところは見ないので、ただ眺めているだけという感じになりますが、関心を持っていると、例えば株を持っていると、株のところは詳しく見るとかなる。これと一緒ですね。
何事も関心を持つというのは一番大事だと思います。本はもう完全なる乱読で、めちゃめちゃにいろんなもの乱読する方です。

<井上>
新潟に行かれて40過ぎからスキーというお話にはびっくりしました。

<川合会長>
40になっていましたね、初めてスキーの板を履いたのは。転勤するときにはパラレルぐらいはできました。

<井上>
好奇心の源は何だったのでしょうか。何でもやろう、というのは。

<川合会長>
何でもやってみて経験しないとわからない。そういう意味で本を読むのは疑似体験で面白いのですが、やっぱり実際にやってみる方が面白い。子供のころからお祭りは大好きでしたが、お祭りでも盆踊りでも、見ているだけでなく参加した方が断然面白い。時間が限られているから何でもやれるわけじゃないから、結局本を読んで、ある程度疑似体験をする、ということですね。

チャンスを掴むために必要な2つのことは?

<井上>
最後に執行役員になられた方々へのメッセージをお願いします。

<川合会長>
チャンスは誰にでもあるが、チャンスを掴むには日頃の努力がいる、ということだと思います。努力していない者はチャンスもわからずに見過ごしてしまう。場合によっては恵まれない位置に置かれることもあるかもしれません、しかしチャンスは必ず来るから、その時にチャンスを逃すな、ということだと思います。

<井上>
昨日講演いただいた自動車会社の会長も、ある程度の成功には運が必ずある、ということをおっしゃっていました。それを掴むかどうかというところ、本当に川合会長と同じで、やっぱり運という要素、チャンスという要素が必ず存在するということをおっしゃっていました。

<川合会長>
運の強い者とそうでない者がいます。あいつが行くと必ず事故が起きるとか。本当になぜっていうのだけど。すごく一生懸命に、安全に注意しているのに事故が起きてしまう。なんにもしないのに事故が起きない者もいるのですよ。

<井上>
そればっかりはコントロールができない?

<川合会長>
本当にね、そういうものですよ。

<井上>
今日の会長のお話で、運の蓄積ができない、というのも。

<川合会長>
あるビール会社の社長が、チャンスの預金はできないっておっしゃっていました。その時掴まないと、ちょっと待っていたら逃げていってしまう。その時掴めるためには、日頃の努力が必要だということです。

<井上>
川合さんもあらゆるところで掴んでこられたわけですね。

<川合会長>
そんなことはないですが、自分では運が強い方だと思っています。

<井上>
本日は長時間にわたってありがとうございました。

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