《第14回》株式会社クレディセゾン 代表取締役社長 林野 宏 氏

クレディセゾン株式会社 代表取締役社長 林野 宏氏に、これから会社を担う役員の方々に対する動画メッセージや、社員に挑戦させることの大切さ、経営者が心がけること、などについてお伺いいたしました。

インタビュアー:一般社団法人日本能率協会 久保田

特別メッセージ動画 ~新任取締役・執行役員の方々へ

受講生の様子で感じたこととは?

<JMA>
きょうは3点お聞きしたいことがあります。
まず1点目がきょう講演していただいた際の受講者の様子と、それに対する林野さんの感想です。
きょうのお話をうかがい、林野さんの好奇心の強さやパワーを感じました。

きっとそれは社長になる前から持っていたものだと思いますが、社長になってから特に意識や行動に変化がありましたか。
それが2点目の質問です。

それから最後3点目の質問ですが、受講した新任の執行役員の方に対し、期待やエール、応援メッセージをいただきたいと思います。
それではまず、本日の感想からお願いします。

<林野>
僕は研修の3日目ですよね。
受講生のみなさんが疲れているのではないかと思っていましたが、見た感じだとそうでもなかったですね。

<JMA>
林野さんの話が面白かったからではないですか。(笑)

<林野>
受講生にエネルギーがあるのは壇上からよく分かります。
どういう表情をして聞いているかによって、話すこちらの対応も変わります。
相手にパワーがあれば、それに応じたパワーでやらないと、やはり押されてしまいます。

みなさんは新たに執行役員に選ばれ、それほど時間が経っていません。
だから、経営者とは何か、経営に必要なことは何か、自分に何が足りないのか、そういうことを考えながら、こちらを見ています。

僕が経営者としてこういうものが必要なのではないかとプレゼンテーションするのに、とてもやりやすい環境でした。
講師がやりやすい環境というものは、生徒が作り出すものですよ。

講演は所詮、聞いてくれる人たちとのハーモニーでうまくいくかどうかが決まりますからね。
決まりきったことを一方的に「第1章何節」みたいにやっていくのと違い、反応が良いとそれに合わせて内容を変えていくことができます。

そういう意味できょうは大変、やりやすかった環境だったといえますね。

<JMA>
受講者のみなさんには、3日間も研修する機会がなかなかありません。
そんな受講者が林野さんの話からパワーをもらっていたようです。

講演の最初と最後では受講者のテンションが異なり、会場の雰囲気も一変していました。
それは後ろから見ていてもよく分かりました。

<林野>
あれほど笑ってくれ、反応してくれたのは、こちらの意図が相手に刺さっていたからでしょう。
これはすごく大事なことです。
日本の会社はだいたい、研修というと人事部が何でもかんでも指定し、感想文を書かせて終わりにするでしょう。

そういう単調な講演にならなくて良かったと思います。
研修日程の最後の方で講演させてもらったのが良かったのかもしれないですね。

社長になって意識した3つのこととは?

<JMA>
きょうの話の中でも触れていらっしゃいましたが、林野さんが社長になって意識した考え方や行動をぜひ、教えていただきたいのですが。

<林野>
僕は1982年にこの会社へ来ましたが、自分の中ではもっと早く社長になるつもりでした。
当社の前身である緑屋という月賦百貨店の経営がいき詰まり、白紙の状態からカード会社へ転身させるにはこうあるべきだということを作ってきたのです。

当時の当社には、西武百貨店から天下ってきた社長がいました。
僕は思っていたより社長になるのが遅かったから、そのおかげでいろいろなことを見ることができました。

90年代には日本でバブル経済が崩壊しましたよね。
失われた20年の中で銀行が再編され、取引先をつぶすなど大変な事態にになりました。

そんな中、僕は2000年に社長になったわけです。
そういった修羅場ともいえる時代の変化をいくつも見てきましたから、「会社はつぶれることがある」と実感していました。

富士銀行だって(合併で行名は)なくなりましたよ。
富士銀行の行員で自分の銀行の名前がなくなることを想定していた人はいないでしょう。
でも、私はそういうことを見ていて会社には危険があることを感じました。

そこで、社長になるとすぐ、そういう経営危機につながりそうな危険を未然に防ごうと、当時の会社の収益源の大半を占めていたカードキャッシングの金利を下げていきました。
その結果、貸金業法が改定され、消費者金融など貸金業者の多くが淘汰された際にも、当社は生き残れたのだと思っています。

他にはたくさんの提携企業と合弁でカード会社も作りました。
設立したカード会社からカード業務のプロセシング業務を受託するためです。
プロセシング業務の受託だと、債権は当社にはないので、不良債権も出ません。

合弁会社を作るわけだから、いろいろな会社の人と友達になれました。
その経営手法だと、同じカード会社でも企業風土が多様で異質の会社を作っていくことになります。

カード会社を長くやっていると、中身の事業モデルがだんだんと似てきて、お客さんからしたらどこも同じに見えてしまいます。
それを変えていくわけです。

もともとタブーに挑戦することは、故・堤清二さんに教わりました。
あの人は田舎の百貨店からスタートし、三越や高島屋、伊勢丹に勝つ百貨店にしようと頑張っていました。
きっと面白かったと思いますよ。

次から次へと新しいことをやっていましたからね。
新しいことをやらなければ、企業は変わりません。
それはやはりタブーに挑戦することなのです。
そういう挑戦の結果、サインレスやポイントが消えないことなどがカード業界に生まれてきたわけです。

私だけの功績ではありません。
堤清二さんの教えの賜物です。
それは、西武百貨店が育っていく中で生まれたプロセスだったのです。

<JMA>
今日の話に池袋の話がありましたね。

<林野>
昔、池袋のように汚くて怖いところへみんなが行きたがらない時代に、田舎の下駄履き百貨店が西武百貨店として情報発信基地に変えていったのです。

危機感を持たせるために必要なこととは?

<JMA>
バブルが崩壊したときに、会社はつぶれるかもしれないものだということに気づき、
それが危機感になったというお話ですが、
社員に今、危機感を持ってもらうにはどうすればいいのでしょうか。

<林野>
これは難しいことなのです。
なぜかというと、カード会社は90年代も成長していました。

成長を支えたのは、主にキャッシングです。
90年代に他の業界が塗炭の苦しみで生きるか死ぬかのときに、カード業界は増収増益を続けました。
あの間に安心し、慢心した同業他社は、やがて消えていきました。

それでもうちは生き残りましたから、良い会社だと思っています。
いい会社だと思うことは愛社精神が育つから、それで構わないのですが、
危機感が不足すると負けます。

これは勝負事といっしょですよ。
野球でもサッカーでも相手を見くびり、ほんのちょっとでも気の緩みや慢心があったら負けるでしょう。

でも、「危機感が足りない」と口でいうのは簡単ですが、危機感を植え付けるのはとても難しいものです。
結局は繰り返し、機会があるたびに話すしかないのでしょうね。
あるいは何か問題が起きたときに、それを指摘すると、「なるほど」という反応が返ってきます。

<JMA>
きょうの講演で印象に残ったのが、人間は夢中になると進化するという部分です。
私も本当に正しくその通りだと思います。過去を振り返ってみても、
仕事を遊んでいるのと同じくらい面白いと感じたとき、働いている時間も忘れていました。

<林野>
人間は夢中になると、時間が早く経つものです。
そうすると1日が短くなります。
1日が短いというのはいい人生なのではないですか。

昼飯を食べて5時間も待たされたとしましょう。
そんなつまらない時間を過ごしていると思ったら、時間がなかなか経ちません。
彼女を初めて喫茶店に誘い、話し込んでいると、すぐに時間が過ぎていくでしょう。

これを僕は以前から時間の相対性理論だといってきたのです。
つまりはこういうわけです。人間が夢中になっていると時間はすぐに経ち、
いやいややっているとなかなか経たないのですから、
時間は自分の気持ちで長くも短くもなります。

だから、人生は時間を短くすることが人生を楽しんだことになるのですよ。

執行役員が目指すべきものとは?

<JMA>
そういう部分も含め、受講者の心にいろいろと刺さる言葉があったと思います。

<林野>
いいや、時間が短いからね。

<JMA>
もっと長くても良かったですか。

<林野>
長ければいいというものではないですが、時間によって与えられる内容は自ずと限られてきます。

要するに可能性ですよね。可能性を拡大するということです。
みんなが社長になれると知るか、なれる可能性があることを理解すれば、考え方が変わるでしょう。

もう少しいろんなことをやらないといけないと思うはずです。
みんなの会社にも先輩たちがいるわけです。
その人たちと比べて劣っているところを補っていかなければ、
自分が社長になったとき、会社を引っ張っていくことができません。

会社を引っ張る牽引力になるような努力をしなければだめですよ。

<JMA>
最初の目標設定で社長になるというのと、
このままで良いと考えるのでは、その後が大きく変わってしまいますね。

<林野>
日本の会社は役員になると、双六でいう上がりみたいな感じです。役員は経営者としてのスタートなのにね。
日本ってそういう変なところがあります。
せっかく大学に入ったのに、目的は入ること。入ったら勉強をせず、アルバイトと部活だけに一生懸命です。

変でしょう。結婚も同じですよ。ゴールインというけれど、ゴールではなくスタートです。
結婚も入学も入社もスタート、従って役員になるのもスタートなのです。

経営者のスタートを切っただけで、ゴールは社長です。
誰がなるか分からないのだから、みんなに目標としてほしいのです。

努力して運が良ければなれます。
努力していたら、やがて運も向いてきます。そんなに難しいことではないのです。

経営者に必要な感性とは?

<JMA>
今まで他社がやってこなかったことやできなかったこと、
あるいは気づかなかったことを進めていくのに、感性が関係しているという話が出ていましたが。

<林野>
端的にいえば、気がついたらやるということですよ。
気がつかない人はいっぱいいるし、気がついてもやらない人もいます。

やろうとすれば階段をすごく上らないといけないから、
どこかで止まってしまうのでしょうね。どこかで止まったら、もうやりませんよ。

だから、新しいことは失敗しようともなるべくやるようにしないといけません。
失敗してもいいと思える会社が、本当に良い会社なのです。

これから21世紀はそういうチャレンジが必要になってきます。
アリババの話をしましたが、たった20億が10兆になりました。
そんなことは滅多にあることではありません。

でも、1,000万が何億でもすごいでしょう。
IPOで上場すれば、そうなるではないですか。
今は資金がたくさんあるから、それを使っていろんなビジネスにチャレンジするには絶好の機会です。

経営感覚ではそういう見方をしないとだめですよ。
お金は6%くらいで回せると思わないといけません。
お金を1年365日動かし、6%で回せなかったら、それはもう経営者失格です。

<JMA>
1つの基準ですか。

<林野>
基準でしょうね。

僕が1982年にこの会社に来たとき、公定歩合は8%でした。
81年はたしか、9%でしたよ。借入金利は公定歩合にプラス2、3%ほど。

この会社は業績が悪かったので、13%ぐらいで借りていたのではないでしょうか。
それが今では1%ちょっとでしょう。

<JMA>
昔と比べたら、本当にタダみたいなものですよね。

<林野>
経営環境としては非常にやりやすくなっています。

社長へ続く道の中で重要なこととは?

<林野>
社長を目指してフルマラソンをやってもらいましょう。
フルマラソンより経営者として勉強するほうがずっと易しいですよ。
42キロも走ってごらんなさい、大変です。
でも、42キロ走れるのは、潜在能力がすごいからでしょう。

体力と気力が必要です。
知力はどうか知らないけれど、ペース配分には必要になるかもしれないですね。

<JMA>
それでは最後に3つ目の質問です。
この新しく執行役員になったみなさんに向けて応援メッセージをお願いします。
こちらのビデオカメラに向かってお話しください。

<林野>
みなさんは努力と運があり、多くの社員の中から役員に選ばれました。
まだ選ばれてから時間が経っていませんので、経営者のスタートを切ったばかりです。
従って可能性はたくさんあります。

日本人は経営者になるとゴールに達したみたいに思いがちですが、経営者のスタートを切っただけなのです。
スタートをきったということは、社長という目標に向かってこれから努力を重ねていくということを意味します。

別に努力するだけが能ではないですが、いろいろと見識を広げ、人脈を広げ、それらを駆使して業績を上げていってほしいと思います。
それが社長へ続く道なのです。

残された時間はそんなにありません。
ある程度のスピード感を持ち、それをやり遂げることが、あなた自身や家族、ひいては会社のためになるのです。

日本のGDP600兆円という大目標に向かい、みなさんが頑張って富を築いていくことにもつながります。
中国と韓国の関係を経済指標で示しましたが、経済力がなければ甘く見られます。
みなさんの手で日本を富める良い国にしてほしいと思います。

<JMA>
本日はありがとうございました。

※林野氏には「新任執行役員セミナー」にご登壇いただきました。
http://jma-top.com/jts01/jts_b/